猫又、化け猫、福猫、猫のフォークロア


by nekomanisto

狐の霊性

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photo:動物の恋人

霊獣としての狐を書こうと思うので、目が金色に光った写真をいただきました。
狐は、縄文時代の遺跡において既にその存在が確認されている。にもかかわらず、存在感は極めて薄く、いわゆる「六国史」:日本書紀・続日本紀・日本後記・続日本後記・文徳天皇実録・三代実録において、狐に関する記述はごく少ないと、中村禎里(現立正大学名誉教授)氏は書いておられる。僅かに続日本紀で、(おそらく)瑞兆として白狐、玄狐の記述があるだけで、(地方から献上されたという内容であるらしい)それ以外の記述については、宮中に紛れ込んできた(射殺した、切り殺された、犬に噛み殺された、捕獲して放した、宮中に屎をしてった、うるさく鳴いた、死骸があった)というもので、凡そ神聖視されていた気配はない。
この時期、蛇、『わに』、狼、鹿、猪などが神、あるいはその示現と認識されていたが、狐に関しては、万葉集にただ1首詠まれているうたも、熱湯ぶっかけちゃる、というものだから、(そんなのうたに詠んじゃって、後世にのこっちゃうなんて、ちょっと笑える)どちらかといえば、丁度、今の「野良猫」への扱いに近い。僅かにみられる白狐、黒狐の出現を瑞兆とする観念は、おそらくこの時期に中国の影響があったからであろうと氏は推察している。中国漢代に成立したらしい春秋緯書(予言書)『春秋潜潭巴』に「白狐至、国民利」とあるのだそうだ。
とはいえ、白狐、黒狐を瑞兆なり、と思っていたらしいのは続日本紀の前半までで、以降は白狐が登場するとしても「見かけた」ぐらいなもので、記録として遺すぐらいだから、何らかの「予兆」として捉えていたかもしれないが、吉兆ではなかったろうと指摘している。この時期、貴族階級の間では狐がどちらかといえば妖獣として認識されつつあったのではないかとも考察されている。市井の人々が狐を当時どう捉えていたかということになると、「風土記」なんかにはほとんど狐のことはかかれていないから、ほとんど顧みられてなかったのかもしれない、らしい。
狐が信仰の対象となったらしいのは、奇しくも最古の猫に関する記述がみられる『日本霊異記』にある説話のころからで、この原始狐信仰がいわゆるお稲荷さん信仰に結びつくのは鎌倉時代以降、ということになるらしい。
案外、歴史は浅いのだな。
白狐に関する記述は、西暦657 715 721 740 782 に見られる。うち782年については都で目撃されている。あとは各地方からの献上物。多分、ホンドギツネの白子なのだろうけれど、こうやってみると、白狐の出現率、案外高そう。どの程度白かったのか、真っ白だったのか、色素が薄めだったのか、まだらに斑入りだったのか、不明ですが。
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by nekomanisto | 2005-07-14 08:24 | 猫vs狐