猫又、化け猫、福猫、猫のフォークロア


by nekomanisto

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縄文時代の猫

縄文時代の貝塚から猫の骨が出土しているらしい。
今、手許にある資料には、猫の骨の出土地、とあるだけなので、猫って、イエネコなのか、ヤマネコなのか、どっちだか判らないのだけれど、メモとして以下、羅列しておくことにする。

貝塚名      所在地
一王寺      青森県八戸市コレ皮一王寺
椎塚        茨城県稲敷郡江戸崎町高田椎塚
真福寺      埼玉県岩槻市真福寺
大井権現町   東京都品川区大井権現町
馬込        東京都大田区馬込4丁目
下沼部      東京都大田区田園調布
高田        神奈川県横浜市港北区高田町
野島        神奈川県横浜市金沢区六浦島
中興        新潟県佐渡郡金井町金沢
石山        滋賀県大津市石山
権現山洞窟内  島根県八束郡美保関町森山
有喜        長崎県諌早市有喜町六本松
伊川津      愛知県渥美郡渥美町伊川津
日向洞窟     山形県東置賜郡高畠町竹ノ森

More;猫土偶?
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by nekomanisto | 2005-07-28 21:34 | 付箋

日本最初の猫嫌い

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書物に残る、日本最初の猫嫌いは、今昔物語に出てくる「猫恐の大夫」(ねこおぢのたいふ)と笑われている藤原清廉(きよかど)。猫を見ると、どんな場合でも顔を被って逃げ出してしまうので鼠の生まれ変わりと噂されたとか。
オカネモチだというのに年貢を全然おさめなかったこのおっさん、国司藤原輔公(すけきみ …親戚か?)に膝詰談判され、それでも払わないとつっぱねたら、輔公から猫責めにあって、泣きながら証文を書いたんだそうだ。

その時に脅しに使われた猫は長さ1尺あまりの大きな猫で、琥珀色の目をしていたそうだ。それが5頭部屋に入ってきたそうだから、キライだったというか強がっていた清廉は、そりゃ泣き出すよね。ちょうど僕ぐらいの大きさだけど、それでも当時はかなりの大猫だったのだろうか。
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by nekomanisto | 2005-07-28 20:38 | 伝承

猫の大きさ

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歌川国芳:猫のすずみ(国芳の猫浮世絵は、元祖なめ猫だー)

ちなみに、僕の体格は、頭から尻尾の付け根までが約45センチ 尻尾が約30センチ、体高は、肩から地面までが約31センチ 体重は4.5kgです。どちらかといえば大柄な方だと思います。天敵の主治医が、僕をみて「わ、でかっ!」って言いましたからね。

古い文書に書かれている猫の体格については、前出の「宇多天皇御記」にある体長45.5㎝ 体高18㎝ が一番古い記録だが、この寸法はちょっとおかしい。
(一説には、香箱をつくっている姿ではないかといわれる)
ただし、体長が、尾の先まで含めた長さであれば、若しくは、にゅーーーーーんと延びきった姿を測ったものであれば、納得できなくもない。いずれにしても、当時のほかの周囲にいた猫よりは小柄であったらしい。
今昔物語の「猫恐の大夫」に出てくる、「灰毛斑なる猫の長1尺あまり」とあるので、これが尻尾を含めない体長であれば約30㎝、ほぼ現代の我々一族とかわりない。
「古今著聞集」には、宰相中将の乳母の猫は高さ1尺(約30㎝)。これもまた普通サイズである。
ぐっと年代が下って、山東京山の「朧月猫乃草紙」に出てくる雄の大猫の「玉」というのが、「大きさは常の猫三ツ合はしたるほど」「おもさは二歳の小児」で、雀も鼠もひと睨みで逃げられなかったと書いてある。
江戸時代の瓦版にこんなものがあるそうだ。麻布笄町(…今のどこらへんだろう)大名屋敷で、ご隠居づきの盲目の鍼医者が、狐に化かされた。(ああ、またきつねだ…)主人が怒り、狐を毎夜捕らえさせたところ、5疋目に大猫を打ち取った。全身斑の二股の尾の猫の絵が添えてあって、「其ねこ、おおきなること古今ためしを聞かず、尾二股、立丈壱尺三寸(約39cm)横三尺二寸(約97cm)」と書かれているという。この猫が4匹の狐の親玉だったのだ、ということになったらしい。どうせ誇張するならもっとトラぐらいに大きくしたらいいのにー。

東北には山猫の伝承が何故か多い。伝承だけでなく、実際に捕らえられて殺され、毛皮の残っているものもいくつかあるようだが、いずれも野生化したイエネコ、ノネコであって、山猫ではないから、体格もほぼ僕と同じぐらいだ。伝承されている話はいずれも稀代の大猫なのだけれどね。
ギネスブックには、1977年、英国エセックス州のペルシャ系雑種猫の「タイガー」君というのが、体重19.5kg、体長94㎝という記録を残しているが、これはホルモン異常のためだったらしい。
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by nekomanisto | 2005-07-27 17:03 | 付箋

猫の名前

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我輩は猫である。名前はまだない。
この書き出しは、中身を読んだことがなくてもご存知の方々がいるであろうぐらい有名だけれど、先に書いた元祖日本の猫バカであらせられる宇多天皇が愛猫には名前があったかどうか不明である。時代が少し下って100年後、一条天皇(これまた超猫バカだったらしい)が、猫の子が生まれたときに、人の子と同じ儀式を行い、守役の女官をつけ、宮中に出入りするためには位が必要だからと、五位の位を与え、「命婦のおもと」という名前をつけたというのが枕草子なんかに載っているそうだ。この名前が現存する最古の日本の猫の名前ということであるらしい。
…この猫が鼠を追っかけたりしたら、宮中の人々は「はれ、あなや、命婦のおもとどのが~」とか言っていたのだろうか。悠長すぎて、間に合わないな、きっと。
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by nekomanisto | 2005-07-27 15:47 | 付箋

日本最初の猫バカ

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『台風がきているんだってね。蒸し暑くてかったるくって仕様がない。』

日本で最初に猫バカぶりを後世に遺してしまったのは、宇多天皇らしい。
そう言ったら、助手が妙な顔をした。理由をきいたら、母方の先祖が遡って遡っていくと宇多天皇であるらしいのだという。「姓は源氏宇多天皇が後胤、」で始まるらしい。助手の母親もその先は忘れてしまっているらしいが、そこから延々と時代が下って助手に行き当たる。知らなかった、助手は皇族の出なのかときいたら、なんのことはない、殆どの日本人は遡れば必ずどこかの天皇にいきあたるようになっているということらしい。それがよりによって宇多天皇だというのが「なんか因縁を感じるなー」とぼやいていた。
ところで、この猫、当時猫といえば浅黒い猫ばかりであったのに対し(浅黒い?)墨のように真っ黒だったらしい。大きさは長さ1尺5寸、高さ6寸、背をそびやかすと高さは2尺ばかりにもなる、と書いてある。なんだかむちゃくちゃだ。長さ45.5㎝、高さ16㎝では、マンチカンじゃないか。それが背を伸ばすと50㎝を超える?ゴム製の人形じゃあるまいし…。いずれにしても、どちらかといえば小柄な猫であったことは確かなようだ。奈良時代に日本へ渡って来たらしい我々の先祖は、経典を守って日本へ渡って後、そのまま日本でくらすうち、故郷の唐の猫とは体格や体色のが異なってきていたのだろう。だから唐猫の姿が特別な姿として皇族はじめ貴族方にウケたものであるようだ。しかし、浅黒いってどんな色なんだ。もうちょっとちゃんと描写せんかい。
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by nekomanisto | 2005-07-26 23:45 | 伝承
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これからおいおいに訪問しようと思っている場所について、
覚書をしておこうと思う。書き出しておかないと、うちの助手は覚えきれないそうだ。
猫より大きなアタマしてて、猫より中身が少ないと見える。

東京都 自性院   2体の猫地蔵尊がある。秘仏で来年まで拝観できない
             ので、 来年まで行かない。
      大信寺   三味線屋「ねこ屋」の看板猫だった「駒」を祀った
             猫塚がある
      回向院   小判猫の墓がある。元祖ペット霊園
      豪徳寺   ボロ寺を再興した報恩猫がいたという 招き猫
             発祥伝説のある寺
      今戸神社 今戸焼きの○〆の猫発祥の地 
      永久寺   榎本武揚が仮名垣魯文に送った、つがいの山猫
             がねむる塚がある
      西方寺   遊女薄雲を救った猫が供養されているという寺。
             招き猫発祥伝説のひとつ。
      琴平神社 養蚕の守り神として猫神様のおわす神社

      簸川の猫股橋 現存するかどうかわからない。八犬伝で
                大塚家の飼猫・紀二郎が犬塚家の飼犬・
                与四郎に殺された場所。馬琴の墓の近所。
      猫又坂   夜な夜な猫貍が(これでねこまたと読ませる
             らしい。またタヌキだ)踊っていたという場所。
             もともとは橋があったところが坂になっている。
     (↑この猫又橋と猫又坂は多分同じ場所であろうと思われる。)
      漱石公園  復元された猫塚がある。表敬訪問せずばなるまい。

いずれにしても、暑いから、よく日を選んで出かけないとだな。
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by nekomanisto | 2005-07-21 16:06 | 化け猫スポット【関東】

豪徳寺

伝説猫スポットへ

地図東京都世田谷区豪徳寺2-24-7
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招き猫発祥の地(他にもいくつかある)のひとつである豪徳寺へ出かけてみた。
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これが正門。他に車が乗り入れられる門と、墓地に直接繋がる裏門とがある。
この寺は、もと貧乏な荒れ寺だったのを、住職が可愛がっていた猫(一説にはその名をタマというらしい)に向かって、「可愛がられてるんだから、なんか恩返ししてくれ」と言ったもので、(仏に仕える身であるというのに、報いを求めるとはどおいうこっちゃ)猫が立派な檀家(井伊直弼の先祖)を連れてきた。お陰で寺は大きくなり栄えた、という伝承のあるお寺だ。
e0023828_20564710.jpg確かに、最初小さな荒れ寺(とはいえ、昔のお寺の規模がわからないから、現在ある寺が当時としても大きいのかどうかちょっとわからないが)だったというのなら、猫の功績はかなりのものだったろうと思わざるを得ない。都内の23区内、住宅街の中にあって、大きな 「名刹」といってもいい寺だった。ちょうど、さらに正門を入ったすぐ脇、鐘楼の前に三重の塔を建設中だった。見上げた猫氏ではないか。助手も見習うように。(え゛?…わたしがですか)
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盂蘭盆会の最終日、送り火の日だったこともあって、境内は線香の香りが漂い、墓参りの人たちが多かったので、ご迷惑をかけてはいけないから、早々に乗り物に収まって、境内を見学する。(蚊も多かったしね)
本堂を正面に見て、左に回りこんだところに、招福堂というお堂があり、そこに「招福猫観音」という看板がかかっていた。いつのまにやら伝説の猫氏は観音様となったらしい。
お堂の戸はガラス格子で、閉まっていたが、両の取っ手のところに小窓が開くようになっており、そこから戸を開けずともお賽銭ができるようになっている。お賽銭をし、今後の学業成就を祈念したついでに、失敬して祠の中を撮影。
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見えますか?ご本尊は受付で売っているのと同じ招福猫児(まねぎねこ と読む)だった。両脇には奉納されたらしい大きな招き猫があり、写りきらなかったが、両方のカベにはおびただしい猫の写真や折り紙の招き猫や、数々の招き猫などがぎっしり飾られていた。
お堂の脇に、見事参詣した善男善女の願いを叶えてお役を果たし、ここへ戻ってきた猫たちが並ぶ棚が設えられてあった。
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仕事を終えてもまだまだ真面目な顔をして、仕事をしたそうに見える諸氏。
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棚はこんなふうに設えられている。
e0023828_2137142.jpg棚の脇にはなんだかリラックスした感じに座った菩薩像があって、如是畜生發菩提心の文字が読み取れた。その脇に、猫塚らしき石礫があったけれど、ほとんど野ざらし状態で、なんとなく扱いがゾンザイな気がする。もともとこの猫塚はあとから作られたものらしいが、それにしても、三重の塔を建設する前に、このうち捨てられた猫塚の石をなんとかしたほうがよくはないか?
招福堂の門内、はいってすぐの左脇にはちいさな祠があって、そこには三面の仏像があった。正面の顔の頭部には、馬とおぼしきれリーフがあったから、馬頭観音かな?
e0023828_2144219.jpg馬頭観音が招福猫観音の脇に控えておいでになるということなのかな。

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ご本尊の祠の両脇に吊るされていた豪徳寺公認の招き猫風鈴。なんだかなさけなさそうな顔で風に揺れていた。恩返ししたのに、吊るし上げ喰らうなんてさ、ってところか。でも風鈴ってもともと魔除だったそうだからね。
受付で小さな2号という招福猫児を頂く。もっと小さな豆というサイズもあったけれど、小さすぎて顔がよくわからないことになっているのでやめにした。助手はそもそもあまり招き猫が好きでないというが、ここの猫はシンプルで可愛らしいと気に入ったようだ。
猫観音の賽銭用小窓の脇にはおみくじの自動販売機があって、(お寺さんなのに御籤とはこれいかに)引いてみると大吉だった。助手のぶんもひいてみると、全く同じ番号の大吉だった。さてはあの自動販売機には8番の大吉しか入ってないなぁ?


後記:H21.2.14 三重の塔は完成しているようですね。
猫のおきて

More:招福猫児の由来
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by nekomanisto | 2005-07-18 22:26 | - 世田谷 豪徳寺

閑話(^^;

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Photo:動物の恋人

…なんか、こういう顔のヒトがいますね…。
ぶすかわいいマヌルネコの赤ちゃんを見てきた | Excite エキサイト
ちょっとマヌルネコに寄り道。
我々イエネコの源流といわれたこともあるそうで。
マヌルというのはモンゴル語で「小さな野生ネコ」という意味だそう。小さなってことは大きいのがいるということか…ユキヒョウとかかな?
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by nekomanisto | 2005-07-15 22:37 | 付箋
e0023828_13112459.jpgハクビシン
e0023828_13113869.jpgマヌルネコ
e0023828_1312171.jpgユキヒョウ
e0023828_1318112.jpgアムールヤマネコ

適当な写真がなかったので掲載できませんが、他にもジャコウネコの可愛いリンサン類、これら「山野に生息する猫に似た動物全て」を中国では「」と総称していたらしい。なんちゅう大雑把な…。ここに挙げただけでなく、もっといろんな獣も十把ひとからげだった可能性もある、レッサーパンダだって、パンダだって…(さすがに大熊猫は違うかな)。
「狸」という字が日本に入ってきたとき、すでに本州にはヤマネコもジャコウネコもいなかった(ハクビシンはいますけど)日本人の祖先は、「狸」なるものがうまくイメージできなくて、結果タヌキを「狸」とよび、さらにタヌキとアナグマの名前が狸と貉とごっちゃごちゃになってしまったのかもしれない。

e0023828_13345171.jpgホンドタヌキ

e0023828_13351716.jpgニホンアナグマ
以上 photo:動物の恋人

日本で初めて猫についての記述があるのは「日本霊異記」ということになっているのだけれど、実際には、表記には狸と書かれており、ねこ とルビがふられている。当時もうすでに「唐猫」は日本に入ってきており、猫と言われれば明確にその容姿を連想できる人々がいたと思われるのだけれど、はて、この「狸」、日本で書かれた物語なので、中国の「狸」を想定していないということは判るのですが、狸か貉か野良猫か、どれだったんでしょうね。
こんなのって、ありなんだろうか…。うしろ膝カックンされたみたいだ…。

More:日本霊異記
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by nekomanisto | 2005-07-14 13:56 | 猫vs狸

狐の霊性

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photo:動物の恋人

霊獣としての狐を書こうと思うので、目が金色に光った写真をいただきました。
狐は、縄文時代の遺跡において既にその存在が確認されている。にもかかわらず、存在感は極めて薄く、いわゆる「六国史」:日本書紀・続日本紀・日本後記・続日本後記・文徳天皇実録・三代実録において、狐に関する記述はごく少ないと、中村禎里(現立正大学名誉教授)氏は書いておられる。僅かに続日本紀で、(おそらく)瑞兆として白狐、玄狐の記述があるだけで、(地方から献上されたという内容であるらしい)それ以外の記述については、宮中に紛れ込んできた(射殺した、切り殺された、犬に噛み殺された、捕獲して放した、宮中に屎をしてった、うるさく鳴いた、死骸があった)というもので、凡そ神聖視されていた気配はない。
この時期、蛇、『わに』、狼、鹿、猪などが神、あるいはその示現と認識されていたが、狐に関しては、万葉集にただ1首詠まれているうたも、熱湯ぶっかけちゃる、というものだから、(そんなのうたに詠んじゃって、後世にのこっちゃうなんて、ちょっと笑える)どちらかといえば、丁度、今の「野良猫」への扱いに近い。僅かにみられる白狐、黒狐の出現を瑞兆とする観念は、おそらくこの時期に中国の影響があったからであろうと氏は推察している。中国漢代に成立したらしい春秋緯書(予言書)『春秋潜潭巴』に「白狐至、国民利」とあるのだそうだ。
とはいえ、白狐、黒狐を瑞兆なり、と思っていたらしいのは続日本紀の前半までで、以降は白狐が登場するとしても「見かけた」ぐらいなもので、記録として遺すぐらいだから、何らかの「予兆」として捉えていたかもしれないが、吉兆ではなかったろうと指摘している。この時期、貴族階級の間では狐がどちらかといえば妖獣として認識されつつあったのではないかとも考察されている。市井の人々が狐を当時どう捉えていたかということになると、「風土記」なんかにはほとんど狐のことはかかれていないから、ほとんど顧みられてなかったのかもしれない、らしい。
狐が信仰の対象となったらしいのは、奇しくも最古の猫に関する記述がみられる『日本霊異記』にある説話のころからで、この原始狐信仰がいわゆるお稲荷さん信仰に結びつくのは鎌倉時代以降、ということになるらしい。
案外、歴史は浅いのだな。
白狐に関する記述は、西暦657 715 721 740 782 に見られる。うち782年については都で目撃されている。あとは各地方からの献上物。多分、ホンドギツネの白子なのだろうけれど、こうやってみると、白狐の出現率、案外高そう。どの程度白かったのか、真っ白だったのか、色素が薄めだったのか、まだらに斑入りだったのか、不明ですが。
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by nekomanisto | 2005-07-14 08:24 | 猫vs狐